メルカリで「呪いの人形」を検索すると、本当に出てくる。
古い日本人形やわら人形、奇妙な置物に、「髪が伸びた」「怨念が宿っている」「持ち主のもとへ帰ってくる」といった説明が添えられ、中には数万円の値段が付いたものまである。しかも、ただ出品されているだけではない。実際に売却済みになった呪物も確認できる。
その中には、8万4440円で売れた一体の人形があった。商品名に並んでいたのは「呪物」「呪いの人形」「曰く付き」、そして「早く手放したいです」という言葉だった。
もちろん、商品ページが存在するからといって、その人形が本当に呪われていることまで証明されるわけではない。今回は、メルカリで実際に確認できる呪物や曰く付き人形を入口に、何が売られ、何が語られ、なぜそれを買う人がいるのかまで追ってみたい。
8万4440円で買われたのは、人形だったのだろうか。それとも、その人形について語られた「物語」まで含めた商品だったのだろうか。
8万4440円で売れた「呪いの人形」――メルカリには本当に呪物がある
まず確認しておきたいのは、メルカリに「呪物」「呪いの人形」「曰く付き」と銘打たれた商品が実際に存在することだ。
検索結果を眺めると、「髪が伸びた呪いの日本人形」「千の怨念と憎悪を宿りし藁人形」「口の悪い少女の気配が宿った日本人形」など、普通の骨董品売り場ではまず見かけない商品名が並ぶ。価格も数百円のジョークグッズだけではなく、1万円台、2万円台、さらにそれを上回る商品まである。
とはいえ、出品者が好きな価格を付けることと、その値段で本当に買う人がいることは別の話だ。調べてみると、後者も実際に存在した。
「早く手放したい」と出品された人形
確認できた商品の一つが、「呪物 人形 呪いの人形 曰く付き 早く手放したいです。」という出品だ。
メルカリページが消えた時の保存ページ(Wayback Machine)
表示されていた販売価格は8万4440円。商品ページにはすでに「売り切れました」と表示されている。
高価な美術品や著名な人形作家の作品であることを前面に出した商品ではない。出品者が商品説明で語っていたのは、この人形にまつわるかなり異様な来歴だった。
説明によれば、人形は1970年代に南アフリカで作られた呪物とされている。人形の前には小さな容器のようなものがあり、そこへ対象とする人物の髪や爪などを入れることで、その人物へ災いが降りかかると聞いている――というのが出品者の説明だ。
しかも、出品者が入手した時点で、その容器にはすでに「誰かのもの」が入っていたという。
誰のものだったのか、何のために入れられたのか、そもそも本当に髪や爪だったのか。公開されている情報だけではそこまでは分からない。
出品者自身は、この人形を呪いに使ってはいないと説明している。そのうえで、もう部屋に置いておきたくないという趣旨も記していた。
商品名に付けられた「早く手放したいです」という一文は、説明全体を読んだあとでは、単なる販売コピーというより怪談の題名のようにも見えてくる。
髪や爪を入れると災いが起きる?
ここで、話としての面白さと確認できる事実は分けておきたい。
「1970年代の南アフリカで作られた」「髪や爪を入れることで対象者に災いが起きる」という来歴は、あくまで商品ページに書かれた出品者側の説明である。製造記録や、この人形の来歴を第三者が追跡できる資料、呪術的な効力を示す客観的な証拠が提示されているわけではない。
それでも、商品説明として読むと妙に具体的だ。
ただ「呪われています」と書かれているのではない。年代があり、場所があり、使い方があり、過去に誰かが使ったかもしれない痕跡まで語られている。
怪談として考えれば、ここが怖い。
正体の分からない古い人形が置かれているだけなら、「古い人形ですね」で終われる。しかし、そこへ次のような情報が加わると、見え方が変わってくる。
- どこから来たとされるのか
- 何のために作られたとされるのか
- どう使うものだと説明されているのか
- 過去に誰かが使ったらしい痕跡があるのか
人形そのものは同じでも、「前に何があったのか分からない物」になる。都市伝説や怪談が好む余白は、こういうところに生まれる。
82件のコメント、そして「売り切れました」
この商品を単なる怖い商品ページで終わらせていないものが、もう一つある。コメント欄だ。
確認時点で、このページには82件のコメントが残っていた。質問や購入に関するやり取りが続き、商品ページそのものに多くの人が参加していたことが分かる。
普通の怪談なら、読者は話を読んで終わる。怖かった、信じられない、作り話ではないか――感想はそれぞれでも、怪談の中に登場した物が、そのまま自分の手元へ送られてくることはない。
メルカリでは、その話のすぐ近くに値段がある。配送方法があり、購入希望者とのやり取りがあり、最終的には「売り切れました」と表示される。
少なくとも、8万4440円という価格を付けられた「呪いの人形」が商品として出品され、売却され、配送されたところまでは現実の出来事だ。
その先で何が起きたのかは分からない。ただ、ここで別の疑問が出てくる。買う側は、いったい何を見て「この呪物が欲しい」と決めるのだろう。
別の売却済み商品では、その答えの一端がコメント欄にかなり生々しく残っていた。
「どれが一番現象が多い?」怪異が商品の比較項目になる

8万4440円の人形では、出品者が語る来歴そのものが商品説明の中心になっていた。では、買う側は何を見ているのか。
別の売却済み商品を追っていくと、少し意外なやり取りが残っていた。購入を検討していた人が気にしていたのは、保存状態でも人形の年代でもない。
どの人形が一番、現象が多いのか。
対象になっていたのは、2万2000円で売却された「帰ってくる人形」と説明された一体だった。
メルカリページが消えた時の保存ページ(Wayback Machine)
2万2000円で売れた「帰ってくる人形」
出品者の説明によると、この人形はもともと子どもの玩具として家にあったものだという。
やがて処分することになり、いったん納屋へ置いた。ところが翌朝、人形は家の玄関付近へ戻っていたとされる。不思議に思いながらもう一度納屋へ移したものの、今度は居間に戻っていた――というのが、この商品に付けられた来歴だ。
人形が自力で移動したことを示す映像や記録が公開されているわけではない。確認できるのは、出品者がそのような体験として説明していたことまでである。
話は「戻ってきた」で終わらない。別の場所へ人形を移したあとにも、靴が乱れている、ドアチェーンが揺れる、ラップ音のような音がする、家電が妙な動きをするといった出来事があったと説明されている。
一つひとつを見れば、日常の中でも起こり得る現象ではある。靴は誰かが動かしたのかもしれないし、チェーンは振動で揺れることもある。家電の不調にもさまざまな原因が考えられる。
それでも、「捨てようとしても戻ってきた人形」の周囲で起きた出来事として並べられると、読者の頭の中では一本の話につながってしまう。
人形そのものが変わったわけではない。それでも、一度「帰ってくる人形」という来歴を知ってしまえば、棚に置かれた普通の人形も、少し違って見える。
購入者は「怪異の多さ」を聞いた
この商品ページでさらに興味深いのは、コメント欄に残された購入希望者とのやり取りだ。
購入を検討していた人物は、出品者が扱っていた複数の品について、どれがもっとも現象の多いものなのかを尋ねている。
それに対し出品者は、「帰ってくる人形」は現象の回数が比較的多い一方、別のこけしは回数こそ少ないものの、起きる音は大きい、といった趣旨で違いを説明していた。
やり取りだけを見ると、家電製品の比較のようでもある。ただし、比べられているのはバッテリー容量でも処理速度でもない。怪異の回数と、現象の強さだ。
そして最終的に、この「帰ってくる人形」は売却済みになっている。
購入者が本当に超常現象を期待していたのか、コレクション目的だったのか、単なる好奇心だったのか。コメントだけではそこまでは分からない。
それでも、「曰く」が購入判断の材料として会話に入り込んでいたことは確認できる。
一般的な中古品なら、買い手が確認するのは傷、欠品、使用年数、動作状態といったところだろう。曰く付き人形になると、そこへ別の情報が加わる。
- どんな現象が起きたのか
- どのくらいの頻度で起きるのか
- 他の品と比べて現象は強いのか
- 前の持ち主のところでは何があったのか
人形の材質や年代だけで価値が決まっているわけではないらしい。「この人形には何が起きたのか」という話も、商品から切り離せない一部になっている。
そして、もう一段先へ進むと性質の違う商品が出てくる。ここまでは「持っていると何かが起きる」と説明された人形だった。次は、持ち主自身が誰かに何かを起こすために使うと説明された人形である。
「呪われた人形」と「呪うための人形」は同じなのか
ここまでの人形は、どちらも「持っていると何かが起きる」と説明されていた。ところが、メルカリには少し性質の違う呪物もある。
人形の側から怪異が起きるのではなく、持ち主がその人形を使って、誰かへ働きかけるとされるものだ。
1万2000円で売れた「呪いのお願い人形」
売却済み商品の一つに、「呪いのお願い人形 呪物 曰く付き」という出品があった。
メルカリページが消えた時の保存ページ(Wayback Machine)
価格は1万2000円。商品ページには売り切れ表示があり、配送済みであることも確認できる。
出品者の説明では、この人形は恨みを持つ相手や憎い相手に呪いをかけるためのものとされていた。使い方もかなり具体的だ。
まず人形にお供えをし、手を合わせるような動作をしたうえで、呪いたい相手の名前を口にする。その人をどれほど憎んでいるのかを人形に語る――という手順が説明されている。
さらに、良い願いには使わないこと、呪いをかける時以外は話しかけないこと、座敷童子の人形とは近くに置かない方がよい、といった注意書きまで添えられていた。
この方法で実際に誰かへ災いを起こせることが確認されているわけではない。ここで分かるのは、そのような役割を持つ「呪物」として商品が説明され、1万2000円で売却されたことまでだ。
それでも、前章までの人形とは明らかに性格が違う。「帰ってくる」「音がする」「勝手に動く」といった人形は、所有者が何もしなくても怪異が起きると語られていた。
一方、この「呪いのお願い人形」は、持ち主が名前を語り、憎しみを伝え、意図を持って使うものとして説明されている。
怪異型・呪具型・加護型――メルカリの「呪物」は一種類ではない
今回調べた商品を整理すると、メルカリで「呪物」と呼ばれているものは、大まかに三つのタイプへ分けると理解しやすい。
一つ目は、これまで見てきた「怪異型」。勝手に場所が変わる、音がする、視線を感じる、家電がおかしくなる、といった現象が起きると説明される品だ。
二つ目が、この「呪いのお願い人形」のような「呪具型」。持っているだけで怪異が起きるというより、呪詛や縁切りなど、何らかの目的に使う道具として説明される。
そして三つ目が、いまのところ少し場違いに見える「加護型」だ。
「呪物」と検索しているのに、出てくるのは怨念や呪詛ばかりではない。恋愛成就、招福、金運、厄除け、座敷童子など、持ち主へ良いことをもたらすと説明された品も並んでいる。
- 怪異型:持っていると何かが起きるとされる
- 呪具型:何かを起こすために使うとされる
- 加護型:幸運や守護をもたらすとされる
これはメルカリが設けている公式分類ではなく、今回の記事で商品群を整理するための便宜的な分け方である。
それでも三つを並べてみると、「呪物」という言葉が単純に「呪われた物」の意味だけで使われていないことが見えてくる。
なぜ、呪いと守りが同じ「呪物」という言葉の中に入るのか。その答えは、人形や形代が歴史の中でどのような役割を担ってきたかを見ると分かりやすくなる。
ただ、その前に避けて通れない疑問がある。ここまでの商品説明を、どこまで「本物」と考えていいのだろうか。
メルカリの呪物は「本物」なのか?
8万4440円の人形、捨てても戻ってくるとされた人形、誰かを呪うために使うという人形。どの商品にも、それなりに具体的な来歴や使い方が書かれている。
読んでいるうちに「そんなことが本当にあったのだろうか」と考えてしまうが、この問いは少し分解した方がいい。
「その商品が本当に存在したのか」と、「説明されている怪異が本当に起きたのか」は、まったく別の問題だからだ。
ここからは、怪談としての面白さと、公開情報から確認できる事実を分けて見ていく。
ここまでは確認できる
今回取り上げた商品そのものについては、かなり具体的なところまで確認できる。
8万4440円の人形なら、商品ページに価格、商品名、配送方法、売り切れ表示、82件のコメントが残っている。商品説明に、1970年代の南アフリカで作られたとする来歴や、対象者の髪や爪を使うという説明が掲載されていることも確認できる。
2万2000円の「帰ってくる人形」も同様で、売却済みであることや、出品者がどのような怪異を体験したと説明していたのかを確認できる。1万2000円の「呪いのお願い人形」についても、そのような用途の商品として出品され、売却済みになっていたことまでは追える。
ここまで確認できる
「メルカリに呪物なんて本当に売っているの?」という問いへの答えは、かなり明確だ。呪物や曰く付きの品として出品され、実際に売れた商品は存在する。
ここから先は確認できない
問題は、その商品に書かれた来歴や怪異をどこまで事実として確認できるかだ。
8万4440円の人形について、出品者は1970年代に南アフリカで作られた呪物だと説明していた。しかし、その来歴を裏付ける製造記録や、いつ誰が南アフリカから持ち込んだのかを追える資料までは商品ページに示されていない。
前方の容器に髪や爪を入れると対象者へ災いが降りかかるという説明も同じで、そのような使い方をすると聞いているという記述は確認できるが、実際に災いが起きたことを証明する資料とは別である。
「帰ってくる人形」についても、納屋へ置いた人形が翌朝玄関にあったという話は出品者が記している。ただし、人形が移動する場面を記録した映像や、第三者による継続的な観察記録が示されているわけではない。
ラップ音、靴の乱れ、ドアチェーン、家電の異常についても、それらが起きなかったと断定する材料はない一方で、人形が原因だったと確認できる材料も見つからない。
証言と証拠は同じではない
「出品者がそう語っている」ことは確認できても、「語られた出来事がその通りに起きた」ことまで確認できるとは限らない。
「証言がある」と「証拠がある」は分けて考える
これは出品者が嘘をついているという意味ではない。
本人が本当に奇妙な経験をした可能性もあるし、勘違いや偶然が重なった可能性もある。公開されている資料だけでは、そのどちらかを選べないということだ。
たとえば、ある人が「夜中に人形の位置が変わっていた」と話したとする。
そこで確実に言えるのは、まず「その人が、人形の位置が変わっていたと語った」ということになる。本当に誰にも触られていないのに移動したのか、家族の誰かが動かしたのか、置いた場所を本人が取り違えていたのか。原因を確認できなければ、どれか一つを事実として選ぶことはできない。
証言は無価値ではない。「いつ、誰が、何を体験したと語ったのか」は、怪談や都市伝説がどう生まれ、広がったのかを追ううえで重要な資料になる。
ただし、証言の存在と、その中身の客観的な事実性は別に扱う必要がある。
| 主張・情報 | この記事での扱い |
|---|---|
| 8万4440円の商品が売却済みになっている | 確認済み |
| 出品者が「南アフリカで作られた呪物」と説明している | 商品説明として確認 |
| 実際に1970年代の南アフリカで作られた | 独立確認できず |
| 髪や爪を入れると対象者に災いが起きる | 効力は確認できず |
| 「帰ってくる人形」が2万2000円で売却された | 確認済み |
| 人形が自力で納屋から家へ戻った | 出品者側の体験談。原因は未確認 |
| ラップ音や家電の異常が人形によって起きた | 因果関係は確認できず |
| 1万2000円の人形に呪いの使い方が説明されていた | 商品説明として確認 |
| その方法で実際に人を呪える | 確認できず |
こうして整理すると、「本物か偽物か」の二択だけでは、この市場をうまく説明できないことが分かる。
呪いの効力が確認できなくても、商品ページは実在する。怪異の原因が分からなくても、それを体験したという説明は残っている。そして、そうした来歴を付けられた品を実際に買った人がいる。
現時点では、メルカリに「本物の呪い」が売られているとは確認できない。一方で、「呪物」として扱われる品が現実に売買されていることは確認できる。
この二つを混ぜないことが、今回の話を追ううえでは大切になる。
そして超自然的な力を確認できないからといって、ここで話が終わるわけでもない。現実には、こうした品を一つ二つではなく、何百点という単位で集めている人がいる。
呪いは確認できない。でも「呪物を集める人」は本当にいる

前章で見た通り、呪いそのものが実在するのか、人形が本当に動いたのか、出品者の語る来歴がどこまで正確なのかは、公開情報だけでは判断できない。
ただし、別の意味ではかなりはっきりしていることがある。「呪物」と呼ばれる品を本気で集めている人は、実際にいる。
しかも、数体を趣味で持っているという程度ではない。何百点もの曰く付きとされる品を収集し、それを人前で展示するところまで発展したコレクション文化が存在している。
メルカリで「呪いの絵」を買う呪物コレクター
その代表的な人物として知られているのが、怪談師・イラストレーターであり、「呪物コレクター」として活動する田中俊行さんだ。
田中さんは、いわく付きとされる品を自ら購入するほか、全国からエピソード付きで送られてくる品も集めている。2025年に広島PARCOで開催された「ゾッ展~実話怪談とその物証~」の公式紹介では、その数は300点を優に超えると説明されている。
興味深いのは、その入手先の一つにメルカリが含まれていることだ。
2024年に公開された村田らむさんとの対談では、「呪物はどこで買う?」という話題に続いて、「メルカリで買った呪いの絵」が紹介されている。
つまり、メルカリに並んでいる呪物は、検索結果を眺めて楽しむだけの奇妙な商品群ではない。少なくとも一部は、実際に呪物を集めている人のコレクションへ入っている。
田中さんが購入したからといって、その品に超自然的な力があることが証明されるわけではない。ここで確認できるのは、「曰く付きの物を収集する」という行為そのものが、現実の趣味・活動として成立しているということだ。
300点以上のコレクションが展示される世界
その収集は、個人の部屋だけで完結していない。
広島PARCOで2025年7月26日から8月31日まで開催された「ゾッ展~実話怪談とその物証~」では、田中さんの呪物コレクションが目玉企画の一つとして展示された。
会場は広島PARCO本館6階のPARCO FACTORY。入場料は前売り1000円、当日1100円で、主催は株式会社パルコだった。
別の例では、東京タワーの「祝祭の呪物展」で田中さんのコレクションから約40点が展示され、2025年には心斎橋PARCOでも田中さんの呪物展示を含むイベントが開催されている。
ここまで来ると、「呪物」は単なる怖い話の小道具ではない。収集され、来歴と一緒に保管され、さらに展示物として一般の来場者が見る対象になっている。
ネット上の怪談が、やがて現実の場所や商品、イベントへ姿を変えていく現象は、呪物だけに限らない。2004年の掲示板実況から始まり、映画や鉄道会社の公式企画にまで広がった「きさらぎ駅」が20年以上かけて現実側へ入り込んでいった過程にも、どこか似たところがある。
呪物も、買われたあとに押し入れへしまわれて終わるとは限らない。所有者が来歴を語り、イベントで展示し、その品にまつわる話をさらに多くの人が知ることで、物語の方も広がっていく。
超自然的な効力が証明されなくても、「誰かが語った曰くを持つ物を、次の誰かが受け取り、その話ごと保管する」という流れは現実に起きている。
では、なぜ数ある古物の中でも、特に「人形」にはこれほど強い意味が読み込まれやすいのだろう。
現代のネット怪談だけを見ていると不思議に思えるが、人の形をした物に何かを宿す、移す、託すという発想そのものは、ずっと古い。

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なぜ人形には「何かが宿る」と考えられてきたのか

メルカリで見てきた呪物の多くは、人の形をしている。
日本人形、わら人形、こけし、座敷童子を模した人形。もちろん呪物と呼ばれるものがすべて人形というわけではないが、怪談や呪術のイメージと「人の形をした物」が強く結びついていることは確かだ。
この感覚は、現代のネット文化だけで突然生まれたものではない。日本では古くから、人の形をかたどったものに穢れを移したり、願いを託したり、災厄を引き受けてもらったりする発想があった。
形代――人の形へ「何かを移す」
その代表例が形代(かたしろ)だ。
文化遺産オンラインには、鎌倉時代の遺構から出土した木製の「形代 人形」が登録されている。解説では、形代は祭りなどの際に、神仏や魂などを依り付かせたり、罪や汚れを移したりするために使われたとされている。
雛人形の源流についても興味深い。文化遺産オンラインの江戸時代の「立雛」の解説では、三月初めの上巳の節供に行われた祓いの行事で、紙などで作った人形へ人間の穢れを移し、水へ流す習俗が紹介されている。立雛は、そうした祓いに用いられた形代の人形から発展したと考えられているという。
人形は、ただ人間に似せて作った飾りではなかった。人の代わりになり、何かを受け取る存在として扱われることがあった。
この背景を知ると、現代の呪物の商品説明に「髪」「爪」「名前」といった要素が頻繁に登場することも、少し違って見えてくる。
メルカリの商品と古い形代の祭祀が直接つながっていると確認できるわけではない。ただ、「人の形をした物へ、人に属するものや思いを移す」という発想そのものには、長い文化的な蓄積がある。
人形は「祓う・守る・願う・呪う」ために使われてきた
人形と呪術の関係というと、「呪う」という方向だけを想像しやすい。ところが、実際の民俗資料を見ると役割はもっと広い。
小山市立博物館が2017年に開催した企画展の題名は、「ヒトガタ ~はらう・ねがう・のろう~」だった。
展示では、祭祀や呪術で使われた人の形をしたものを対象に、古代のヒトガタから「祓う」「守る」「願う」「呪う」まで、さまざまな役割を紹介している。
人の形をした物が最初から「悪いもの」だったわけではない。
災いを移すために使われることもあれば、反対に災いから守ってもらうために使われることもある。願いを託すこともあれば、誰かを呪うために使われることもある。
一つの「人形」という形が、正反対に見える役割を引き受けてきた。
前半でメルカリの呪物を「怪異型」「呪具型」「加護型」に分けたが、この三つが同じ売り場に並ぶことは、歴史的な人形文化を考えると、それほど突飛な現象でもない。
わら人形も、呪い専用ではなかった
わら人形は特に誤解されやすい。
現代では、神社の木に五寸釘で打ち付ける「丑の刻参り」のイメージが強く、わら人形=呪いの道具と考えがちだ。
ところが岩手県立博物館の資料を見ると、まったく別の使われ方も確認できる。
遠野市松崎町の「春風祭り用」のわら人形について、同館は、岩手では人々の災厄を引き受けたり、追い払ったりする力を持つとされたわら人形を祀る行事が各地で行われてきたと説明している。
遠野では各家でわら人形を作り、「春風疫病祭」などと書いた旗を持たせ、門口や辻に立てて一年の無病息災を祈ったという。
さらに同館には、農作物の害虫を追い払う「虫追いまつり人形」も所蔵されている。こちらは五穀豊穣や悪病退散と結びついた行事に用いられてきたわら人形だ。
同じ「わら人形」でも、使われる文脈によって意味はまるで違う。誰かへ害を与えるための呪具にもなれば、共同体へ降りかかる災厄を遠ざける存在にもなる。
「金運の呪物」が並ぶのも、そこまで不思議ではない
ここでメルカリの検索結果へ戻ってみる。
「呪物」と検索すると、怨念、呪詛、縁切りといった商品だけでなく、座敷童子、金運、良縁、厄除け、宝くじ運などをうたう品も出てくる。
最初は「呪物なのに、なぜ幸運を呼ぶのか」とちぐはぐに感じるが、人形やヒトガタが歴史的に「祓う」「守る」「願う」「呪う」という複数の役割を担ってきたことを考えると、現代の売り場で正反対のような品が同じ言葉の下に並ぶ背景も少し見えてくる。
もちろん、現在メルカリで売られている金運人形や座敷童子人形が、古い民間信仰をそのまま受け継いでいるという意味ではない。現代の商品説明には、創作的な表現や個人的な信仰、インターネット上で広まった語彙も混ざっている。
それでも、「人の形をした物に何かを宿し、その力を自分へ向けてもらう」という考え方そのものは、新しく生まれたものではない。
人形に対して、普通の道具とは違う感情を抱く例は現在にも残っている。日本人形協会は人形感謝・供養の受付を行っており、雛人形や市松人形だけでなく、こけし、ドール、ぬいぐるみなど「顔がついているもの」を基本的な対象としている。
これは、人形に魂が存在することを証明する話ではない。ただ、長く身近に置いてきた人形を、壊れた家電や使い終えた容器とまったく同じ感覚で処分できない人がいることを示す文化的な例にはなる。
人の顔があり、人の姿があり、名前を付けられることもある。持ち主の記憶が重なれば、ただの素材以上の意味を持つようになる。
メルカリの呪物も、そうした「物以上のものとして人形を見る感覚」と無関係ではないのかもしれない。
ただし、ここまで見てきたのは文化的な背景だ。実際のフリマアプリでは、「霊が宿る」「願いが叶う」「呪いに使える」といった説明を付けた商品を、どこまで自由に売ることができるのだろう。
メルカリでは「霊的な商品」をどこまで売れるのか
ここまで見てきた呪物は、どれも人形や置物といった実物がある。
では、「霊が宿っている」「願いが叶う」「呪いに使える」といった説明を付けた商品は、メルカリではどこまで許されるのか。
この問題は、単純に「オカルトだから禁止」「物があるから問題なし」と分けられるほど簡単ではない。
お祓い・ヒーリングなど「行為そのもの」は禁止されている
メルカリ公式のガイドでは、サービスや権利など、実体のないものの出品を禁止している。
さらに、実体のある商品が付いていたとしても、「行為自体に価値があるもの」は同じ理由で出品できないとされており、違反例として「ヒーリングやお祓いなど、行為自体に価値があるもの」が明記されている。
たとえば、「この人形を送ります」という取引と、「あなたのために遠隔で除霊します」という取引では、売っているものの性質が違う。
前者には物理的な商品が存在するが、後者では除霊やヒーリングという行為そのものが商品価値になる。
ただし、ここから「実物さえあれば、霊的な説明を付けても何でも出品できる」と考えるのも早い。
メルカリには、虚偽の情報や誤解を招くおそれのある商品説明を禁止するルールもある。品質や素材が不明なのに、高価なものだと誤解させるような表現も問題になり得る。公序良俗に反する行為や犯罪を助長する行為など、別の禁止事項も存在する。
規約上の境界は「霊的なものかどうか」だけで決まるわけではない。何を商品として売っているのか、どのように説明しているのか、その説明が購入者を誤解させるものではないか。複数のルールが重なって判断される。
今回取り上げた個々の呪物について、この記事から「規約違反だ」「規約上問題ない」と一括で判定することはできない。個別の判断は、それぞれの出品内容や取引状況に依存する。
呪物販売と「霊感商法」は同じではない
こうした商品を見ていると、もう一つ気になる言葉がある。「霊感商法」だ。
高額な開運商品や霊的な効力をうたう商品というだけで、すべて霊感商法になるわけではない。
消費者庁の説明では、消費者契約法上問題となる「霊感等による知見を用いた告知」には、もっと具体的な条件がある。
事業者が、霊感など合理的に実証することが難しい特別な能力による知見として「このままでは重大な不利益が起きる」と消費者の不安をあおり、そのうえで契約を結べば確実に不利益を避けられると告げて契約させるような場合が、取消しの対象として説明されている。
問題になるのは、単に「霊的な力がある商品を売る」ことだけではない。消費者の不安をどう利用したのか、どんな説明をして契約させたのかという勧誘の内容が重要になる。
そのため、メルカリに「曰く付き人形」として出品されている商品を見ただけで、すぐ「霊感商法だ」と決めつけることはできない。
逆に、フリマアプリ上の取引だから無関係とも言い切れない。もし個別のやり取りの中で相手の不安をあおり、「買わなければ不幸になる」「これを買えば必ず助かる」といった形で契約を迫るのであれば、別の問題が出てくる。
消費者庁が2022年の検討会で示した資料では、2017年度以降、いわゆる霊感商法等に関する消費生活相談はおおむね年間1200~1500件程度で推移していた。
呪物という題材は怪談として面白い。一方で、霊的な不安を利用して高額な契約を結ばせる問題は、怪談とは別に現実の消費者被害として存在する。
この二つを一緒にしてしまうと、どちらも見えにくくなる。
メルカリで見つかる一体の古い人形と、不安をあおって契約を迫る行為は、同じ「霊的なもの」というだけで同一視できない。反対に、「ただ人形を売っているだけだから」と、説明の仕方まで無関係になるわけでもない。
結局、この市場で売られているものを理解するには、人形という物体だけを見ても足りない。商品名、来歴、怪異の説明、使い方、購入者がそこに何を感じるのか。そうした情報まで含めて、一つの商品ができあがっている。
では、数万円という値段は、人形そのものに付けられているのだろうか。
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8万4440円、2万2000円、1万2000円。ここまで見てきた商品には、それぞれはっきりした価格が付いていた。
その金額は何に対して支払われたものなのだろう。人形そのものの材質や年代、骨董的な価値だけで説明できるのか。それとも、「この人形にはこういうことがあった」という来歴まで含めて、一つの商品になっているのか。
個々の商品の価格がどの要素で決まったのかは分からない。出品者が自由に設定できる価格でもあり、購入者が何を理由に買ったのかも外からは判断できない。
ただ、通常の中古品と呪物の商品ページを比べると、売るために提示されている情報には明らかな違いがある。
普通の中古人形なら、何を書くのか
一般的な中古人形を出品するとしたら、説明欄には次のような情報が並ぶだろう。
- いつ頃購入したものか
- メーカーや作家名
- 大きさ
- 材質
- 傷や汚れの有無
- 箱や付属品が残っているか
- 保管状態
買い手も、それらを見ながら価格が妥当かどうかを判断する。
ところが、今回見てきた呪物の商品では別の情報が前面に出ていた。
どこから来たのか。前の持ち主のところで何が起きたのか。自宅へ持ち込んでから何が変わったのか。処分しようとしたらどうなったのか。どのように扱えばよいのか。
人形の寸法より、「その人形の周囲で何があったとされるか」の方が長く書かれていることさえある。
「物体+来歴+怪異+所有体験」という商品
今回調べた呪物を、あえて商品として分解すると、いくつかの要素が重なっているように見える。
- 物体:人形、わら人形、絵、置物など、実際に手元へ届くもの
- 来歴:誰が持っていたのか、どこから来たのか
- 怪異:何が起きたと語られているのか
- 希少性:同じ来歴を持つ品がほかにないこと
- 所有体験:自分が持ったら何が起きるのか、という期待や不安
8万4440円の人形には、「南アフリカ由来とされる」「髪や爪を使うとされる」「前の使用者の痕跡らしきものがある」という説明が付いていた。
2万2000円の人形には「捨てても戻ってきた」という来歴があり、購入前のコメント欄では怪異の回数まで比較されていた。
1万2000円の人形には「どう使うのか」という手順が付いていた。
どれも、物だけを切り離してしまうと商品としての印象が大きく変わる。「曰く」が商品の一部になっていると考えた方が、売り場の見え方は分かりやすい。
ただし、これは「怪談があるから高く売れる」と断定する話ではない。同じ種類の人形でも年代、作者、保存状態、希少性などで価格は変わる。今回確認した商品の価格が、来歴によってどれだけ変化したのかを客観的に計算することはできない。
それでも、出品者が商品価値として何を伝えようとしているのかを見ると、来歴や怪異が重要な位置を占めている。
商品ページそのものが、短い怪談になっている
呪物の商品説明をいくつか読んでいると、文章の構造にも共通点が見えてくる。
最初に、その品を手に入れた経緯が語られる。次に小さな異変が起き、その後、異変が増えたり、処分しようとして別の出来事が起きたりする。そして最後に、「自分では持ち続けられないので譲ります」と商品ページへつながる。
怪談として見れば、かなり自然な流れだ。
普通の怪談なら、語り手が体験談を話し終えたところで物語は閉じる。ところがメルカリの場合、その怪談に登場する物そのものが売られている。
読者は「怖い話だった」で終わることもできるが、その気になれば、話の中心にいた人形を買うこともできる。
ここに、メルカリの呪物ならではの妙な構造がある。
怪談と商品説明の境界が、ほとんどなくなっている。
数万円という価格が、どこまで人形そのものに付いたものなのかは分からない。ただ、購入者に提示されているのが物体だけではないことは確かだ。
由来を語る説明文も、そこで起きたとされる怪異も、「自分が持ったらどうなるのだろう」という想像も、一緒についてくる。
怪談は、いま“発送”される
最初に見た8万4440円の人形は、すでに売却済みだった。
商品ページには値段が残り、出品者が語った来歴が残り、82件のコメントが残っている。そこまでは、こちらから確認できる。
けれど、その先は見えない。
購入した人がその人形をどう扱っているのか。何も起きなかったのか。それとも、何か変わったことがあったのか。公開されている情報だけでは追えない。
今回調べた範囲では、メルカリで売られている呪物に、本当に超自然的な力があると確認できる証拠は見つからなかった。
一方で、別のことはかなりはっきりしている。「呪物」と説明された品が実際に出品され、数万円の価格が付き、購入されている。
その商品には物体だけでなく、前の持ち主の体験、由来、怪異、使い方、扱い方まで付いてくる。買い手は、そうした情報を読んだうえで購入を決める。
呪いが本物なのかどうかとは別に、「この人形には何かある」という話は、商品から切り離しにくい。
だから冒頭の問いに戻るなら、8万4440円で買われたのは単なる人形だった、とも言い切れない。
少なくとも商品ページの上では、その人形には来歴があり、怪談があり、そこまで含めて一つの商品として提示されていた。
メルカリという場所が不思議なのは、怪談を読む場所と、その怪談に登場する物を買う場所が同じ画面にあることだ。
昔なら「こんな人形があるらしい」で終わっていた話が、いまは価格を付けられ、コメント欄で質問され、売買が成立し、次の持ち主のもとへ配送される。
そこで怪談そのものが終わるわけではない。公開された部分だけが、いったん途切れる。
購入者のもとへ届いたあと、本当に何かが起きたのか。それは分からないし、何も起きていない可能性も十分にある。
それでも一つだけ確かなのは、人形が移動するとき、その品について語られてきた話もまた、次の持ち主へ引き継がれることだ。
怪談は、いま読むだけではない。値段を付けられ、売買され、配送されることがある。
その先に新しい話が始まるのか、それとも何事もなく人形として置かれ続けるのか。そこから先は、商品ページの外に残された余白である。
よくある質問
メルカリでは本当に呪物や呪いの人形が売られていますか?
はい。「呪物」「呪いの人形」「曰く付き」などと説明された商品は実際に出品されており、この記事で確認した中には8万4440円、2万2000円、1万2000円で売却済みになった商品もあります。ただし、商品に超自然的な力があることまで確認されたわけではありません。
メルカリで売られている呪物は本物ですか?
「呪物として出品・売買されている」という意味では実在します。一方、人形が自力で動く、呪いが効くといった超自然的な効力を客観的に確認できる証拠は、今回調べた範囲では見つかりませんでした。商品説明に書かれた体験談と、確認できる事実は分けて考える必要があります。
なぜ呪いの人形を買う人がいるのですか?
個々の購入者が何を目的に買ったのかは分かりません。ただ、実際に呪物を収集するコレクターがおり、展示会も開催されています。収集、怪談への興味、希少性、来歴や所有体験など、物そのもの以外の魅力も考えられます。
呪物は怖い物だけを指すのですか?
必ずしもそうではありません。メルカリでは怨念や呪詛をうたう商品だけでなく、座敷童子、金運、良縁、厄除けなどをうたう品も「呪物」として並びます。歴史的にも、人形やヒトガタは「祓う・守る・願う・呪う」といった複数の役割に使われてきました。
メルカリではお祓いやヒーリングも販売できますか?
メルカリ公式は、ヒーリングやお祓いなど「行為自体に価値があるもの」を禁止出品物の例として明示しています。物理的な人形がある取引とは性質が異なりますが、実物があれば何でも認められるという意味でもなく、虚偽や誤解を招く商品説明などには別の禁止ルールがあります。


